「クリエイティブ・ディレクター」という仕事 : 面白法人カヤック・天野清之さんインタビュー ─【今どきエンタメ職業戦線~あるいはオタクのオシゴト事情~第2回】(2/4)

カヤックではアスリートしか生き残れない…?体育会系だった当時を振り返る

――その結果、実際に働かれることになったわけですが、どのような採用フローだったのでしょうか。

天野:
 当時、採用に際して求められたのが、希望職種とプロフィール、そして動画でした。当時募集されていたのはエンジニア、デザイナー、ディレクターの3つ。エンジニア専任でやるためには自分のスキルが足りておらず、一方でインスタレーションやWebの仕事でインタラクティブなことをやりたいと思っていたため、領域としてデザイナーも違う。そうなると必然的に希望職種はディレクターとなりました。プロフィールの部分では、前職の映像・CG関係のスキルとプライベートで学んでいたFLASHのことを中心に書き、動画はクラブ用に作成していたものを再編集して送りました。


――実際に入社される前と、入社された後で、カヤックという会社に抱いていたイメージへのギャップはありましたか。


天野:
 先程上げたサービスを通して漠然と感じていたのは、「物事の視点をずらすことによって生まれる価値」を大切にする会社なのかな、ということです。そのため、メンバーの人たちはきっと相当面白いに違いないぞと期待していました。入ってみたら実際にその通りで、良い意味でネジが飛んだ人がたくさんいました。言葉を選ばずに言えば、「クリエイターの終着点」のような会社でしたね。この会社が駄目だったらほかでは働けないぞ、っていうくらい社長含め経営陣の懐が深くて(笑)
 かと思えば、めちゃくちゃ真面目なエンジニアが必死で面白い企画を考えている、というパターンも結構あって、そのバランスが良かったんだと思います。




天野さんが所属するカヤックの受付。よく見ると東方グッズも飾られている

――ちなみに天野さん自身はどちらでいらっしゃったんですか?

天野:
 いや、それはもう終着点に拾われたタイプです(笑)
 実際、ディレクターとして採用されたはいいものの、ディレクターとしての業務経験はないので、プロジェクトの進行能力も、メンバーを巻き込んでいくマネージメント能力も当然ない。にも関わらず、自分のまわりにいるのは個性的なメンバーばかり。本来だったらベテランのディレクターでもプロジェクト進行は大変、という状況なんですよね。
 そんなわけで、働き始めからいろいろなところで失敗して、怒られてばかりでした。そんな状況を見かねてか、弊社代表取締役・久場からは「もっと本を読め!」と、毎週10冊くらいの課題図書を出されました。
 ただ、複数のプロジェクトに参加していたので、すでに僕自身仕事でいっぱいいっぱいだったんです。もちろん手を抜いていたわけではないので、仕事が終わって、家に帰ったらもうへたり込むくらい疲れていて。そこからさらに一日一冊以上本を読むとなると、「これはもう無理だろう」となりますよね。ただそれでも無理して仕事も課題図書もやりきったことが、今につながっているんだろうなと思います。


――結構、体育会系な感じなのですね。

天野:
 会社の成長に伴って落ち着いてきましたが、昔は筋肉質な会社でしたね(笑) 久場が当時言っていた「カヤックではアスリートしか生き残れない」という言葉が印象的ですね。今はそこまでではないですが。


――立場的にかなりつらい状況だったと思うのですが、仕事へのモチベーションの源泉はなんだったのでしょうか。

天野:
 カヤックに転職をしたそもそもの理由にさかのぼります。最初の転職で、美容師から映像関係の仕事に移り、業務的にはとても満足していたんです。会社に対しても不満はなかったですし、定年まで勤め上げることも可能だったと思います。それでも転職を決心したのは、自分自身のスキルをもう一段飛躍させたいという強い思いがあったからです。そんな決心をしたのに、ちょっとやそっとつらいことがあったくらいで音を上げたら格好悪いじゃないですか。ここが踏ん張りどころだと思って必死で食らいつきました。




アニメの仕事のきっかけとなった「初音ミクのドミノ・ピザ企画」

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