「アニメのプロデューサー」という仕事 : ウルトラスーパーピクチャーズ・平澤直さんインタビュー(前編)【今どきエンタメ職業最前線~あるいはオタクなオシゴト事情~ 第3回】(1/3)

 ハッカドールマガジンをご覧の皆様こんにちは!アニメ・ゲーム業界合同OB・OG訪問会(http://wakuwork.net/info/173/ )の企画・運営担当中山です。気づけば9月ももう終わり、今年も残すところ3ヶ月。あっという間、2017年が終わってしまいそうな勢いなので、気を引き締めて一日一日を過ごしていきたいなと思う今日このごろです。

 さてオタクなエンタメ業種を掘り下げる本連載、今回のインタビューのテーマは「プロデューサーというお仕事」です。みなさんが「アニメのプロデューサー」という肩書きからイメージする仕事はどういったものでしょうか。なんとなくすごい仕事、ということはわかるかもしれないですが、具体的に何をする仕事かピンとくる人はそこまで多くないのではないでしょうか。さらに「アニメのプロデューサー」に関しては「制作サイドのプロデューサー」「製作サイドのプロデューサー」では、全く意味が違ってくるんです。業界内では衣偏のない方(制作)と衣偏のある方(製作)といったりしますが、最初にこちらをざっくり説明させていただきます。


アニメ「制作」と「製作」の違いとは??

 まず「制作」ですが、こちらはアニメ制作現場におけるプロデューサーで、主にアニメーターや音響などの制作現場スタッフにおけるマネージメント業務などの統括責任者を指します。最近は製作サイドのプロデューサーとの誤認をさけるために、アニメーションプロデューサーと呼ばれたりもします。

 もう一方の「製作」ですが、こちらは製作委員会サイドのプロデューサーを指すもので、資金集めと委員会の組成業務など、主に作品のビジネスまわりの統括責任者を指します。「プロデューサー」という言葉を使う場合、一般的にはこの「製作」を指すことが多いのではないでしょうか。

ざっくりいうと、「万策尽き」たら制作プロデューサーの責任、売れなかったら製作プロデューサーの責任です。

 今回インタビューさせていただく、株式会社ウルトラスーパーピクチャーズ・平澤直さんは、制作・製作、両方の立場でアニメ作品に携わった経験があり、アニメ作品において数々の先進的な試みをされた実績をお持ちのプロデューサーです。そんな平澤さんに、自身の就職活動期から現在に至るまでのご経歴、およびアニメのプロデューサーとして働くことの醍醐味をお話しいただきました。


「絶望的に絵が下手で(笑)」・・・学んだ法律を武器にして、志望するアニメ業界に入り込むことに成功

──本日はお時間をいただきありがとうございます。早速ではございますが、平澤さんの学生時代のお話をおききしたいのですが、もともとアニメ業界で働こうと考えていらっしゃったのでしょうか。

平澤直さん(以下、平澤):
 はい。中学生時代にさかのぼるのですが、中高一貫校に入りまして、その頃からずっとアニメ業界には興味がありました。ただ、高校生の時にアニメーターとして働けないかなと思い、絵を描くことに挑戦したのですが、絶望的に絵が下手で(笑) 絵を描くこととは違う方法でアニメ業界に入れないかなと考えているうちに受験のタイミングが来たので、一般の大学を受験しました。




平澤直さん(ウルトラスーパーピクチャーズ)

──受験の結果はいかがだったのですか。

平澤:
 早稲田大学の法学部に合格しまして、入学することになりました。大学期間中も業界に入るための方法を探していた中で、大学二年の秋に三年生四年生で履修するゼミを選ぶことになりました。いろいろと調べていくと、「著作権法・特許法」をメインとしたゼミがあり、それを見た瞬間、「これだっ!」とひらめきまして、そのゼミの門戸を叩きました。

 ゼミの中では、著作権法、特許法のほかに商標法なども学びました。自分にとって、いわば就活の武器になるそのスキルをもとに就職活動に望んだところ、バンダイビジュアルから内定をいただくことができました。


──一貫してアニメ業界を強く志望されていらっしゃったとのことですが、そこまで強い思いを抱かれている理由はどこにあったのでしょうか。

平澤:
 やはり、強烈なコンテンツにふれる機会がたくさんあったことが理由だと思います。中学2年生のとき、『美少女戦士セーラームーン』がテレビで放送開始され、一大ムーブメントとなりました。高校生の頃にはOVAが最盛期を迎え、デジタルアニメ革命が起き、どんどんクオリティが上がっていくさまを目の当たりにしていました。
さらに、その裏ではコミックマーケットの参加人数がうなぎのぼりで急成長していることがメディアでも取り上げられ、アニメの熱気がすごいな、と肌感覚で感じていました。そんな中、高校時代最後に『新世紀エヴァンゲリオン』や『Ghost In the Shell / 攻殻機動隊』、『MEMORIES』、『もののけ姫』が立て続けにやってくるわけです。
多感な時期にこの黄金期を通った身としては、アニメ業界で仕事をしたいと思うことは自然なことでした。


 

──同時期、アニメと同様に漫画も非常に人気のコンテンツだったと思いますが、出版業界は志望されなかったんですか。

平澤:
 もちろん興味はありました。ただ、アニメは世界市場においても存在感が出はじめており、その点を意識したことは覚えています。当時ニュースで、バブル時代に旅行などで海外に出ていった日本人があまり現地で歓迎されていない、ある種軽蔑されているという話を見聞きして育ったものですから、アニメが各地で尊敬をもって受け入れられていることが逆にすごく印象的で。
アニメという文化を通じて、外国人から見た日本という国のイメージ自体も塗り替えられたらいいなと思ったことを覚えています。ずいぶん偉そうですよね(笑)。そう考えている中で、先程の「著作権法・特許法」に出会ったという流れですね。





──「法律に明るい」という強みを発揮され、見事バンダイビジュアルにご入社されるのですが、就職活動はどのようにすすめられたのですか。

平澤:
 アニメ業界を志望しつつも、同時に商社やメーカーなどの企業にもエントリーをしていました。著作権・特許の知識を活かせる業種をそれぞれ探していて、著作権が関係する職種としては、アニメ系以外にも出版社やゲーム会社も受けていたんです。ただ出版社やゲームと比べ、アニメ業界は製作委員会という複数の会社が出資をして、その権利を持ち合うという形態が一般的で、その分、契約書も複雑になりがちで、相対的に法律に明るいことが強みとして働きやすかった。そういった背景もあり、著作権法がわかるという点を高く評価いただいたのが、バンダイビジュアルでした。

ひたすら契約書を読み「アニメ制作の立ち位置」を確立

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